よもだギャラリー『友だちの本』

迷宮から出発(たびだち)へ-回復への交換メール
ピーター & うさき 著
リトル・モア刊:1600円(税別)
(四六判、ソフトカバー)

 電車の中でとつぜん気分が悪くなる。一度や二度あるうちは、貧血だろうか、と思う。

 しだいに、朝、また電車に乗ることを考えただけで胸がドキドキするようになり、電車に乗るのが恐くなる。

 ひと駅ごとに電車を降り、ときにはトイレにかけこみ、落ち着いてからまた電車に乗る、そうまでして必死で目的地へ向かうこともある。

 ドアが閉まって電車が動きだすと、当然のことながら、次の駅までドアは開かない。どこへも逃げられないと思い、パニックに陥る。

 ある人は歯医者で診察台に坐ったとき、美容院に行ったとき、あるいはレストランに入ったとき、このようなパニックに襲われる。

 体から血の気がひいてゆき、洋服が体を締めつけているような気がする。あたりかまわず脱ぎ捨ててしまいたくなる。

 なんとか身の置きどころを見つけても、すぐには苦痛は去らない。吐き気と便意に襲われても、もう1ミリたりとも体を動かすことができない。目に飛びこんでくる景色が動くだけでも気分が悪い。

 意識が朦朧とする。このまま死んでしまうのではないか……

 いくら説明しても、こういったパニックに襲われたときの恐怖や苦痛は当事者にしかわからない。
 こんな経験を一度したら、たとえ死をひきかえにしても同じ目に遭いたくない、と思う。そうして本当に外出や食事ができなくなる人もいる。
 こんなに具合が悪いのだから、病気に違いない、と思う。しかし、たいていの場合、いくら検査しても体に異状は認められない。したがって周囲の理解を得ることも難しい。
 この本は不安神経症となった著者らがパソコン通信を通じて知り合い、やりとりしたメールの記録である。著者は自分たちの病気を「心の骨折」と表現する。適切な処置を施さなければ、目に見える骨折も回復は難しい。「心の骨折」はレントゲンに写らないどころか、本人は気づかないまま、ただただ苦しむことが多い。
 しかし、彼らは人一倍、生きることへの情熱を持っている。そしてメールの話題はいつしか大脱線。メールが彼らの松葉杖だった。



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